よいちろ日記

忘れないようにメモ。

人が物語(コンテンツ)を求める理由を考える。

人はなぜコンテンツを欲するのだろうか。人はなぜ物語を欲するのだろうか。ゲーム、映画、色恋沙汰、ゴシップ、はたまた人との雑談は、なぜこれほど多くの人を魅了して、人生を投下させるのだろうかが気になった。
 
それを考えるために、
・人の欲求が発生する所以。
・人の欲求発生の中での物語の位置づけ。
・その上で物語(コンテンツ)とはどういうものだろうか。
を考えた。調べれば調べるほど深い世界。

人の欲求が発生する所以。

人はなぜ感動するのだろうか、人はなぜ物語を求めるのか、ということを調べて、考えていた過程で進化人類学という学問の存在を知った。
人間の行動と進化論―ドーキンスの利己的遺伝子説の限界とその改良

人間の行動と進化論―ドーキンスの利己的遺伝子説の限界とその改良

進化とはなんだろうか (岩波ジュニア新書 (323))

進化とはなんだろうか (岩波ジュニア新書 (323))

進化と人間行動

進化と人間行動

・ヒトが他の動物と異なる知性を獲得したのには、火の利用と二足歩行と手の器用さが挙げられる。
・火が使えることで食料の殺菌、保存、加工が可能になった。二足歩行は手を自由にし、道具の開発を可能にした。遠くを見渡せ、疲れにくく移動に特化した姿勢でもある。
・食材の加熱で消化が容易になり、摂取カロリーも増えた。消化に使う体力と時間が減り、他のことに時間を使えるようになった。
・ヒトの生活が、現代のように劇的に変化したのはたかだかここ数千年くらい。
・ヒトが営んできた生活というのは、その1000年単位には比べるまでもなく600万年という長い歴史がある。1000倍の単位で影響してくる。
・その600万年の間で長らく培われたヒトの行動原理というのが、現代生活でも形を変えて表出している。
・日常の中で感じる、快不快のスイッチや、危機管理の感覚などはすべて原始の生活から説明できそうという立場。
・衣食住を満たすために行われていた営みに通じる行動が快のベースになっている。
・旅行が楽しいと思うのは、新しい食料や資源を追い求めて新しい地を転々としていた狩猟生活の名残である。
・スポーツは、狩りの代替として立ち上がってきたもので、スポーツ万能=狩りがうまい=ヒトとして有能、と感じる。
・動物や植物に対する好奇心も、長い狩猟採取生活と家畜管理の観点から、自然原理や動物の行動、状態を把握することに慣れ親しんできた影響といえる。
・物語を見て感動できるのは、ヒトの共感能力と想像力が高いため。共感力はヒトの社会性に欠かせないファクター。
・表情やストーリーから感情を想像する力が高く、感情を移入することができるのもヒトの能力。
・他者の感情を想像する能力、行動を模倣する能力によって、ヒトは人間生活について学習する。
・物語を学習と捉えると、世の中の原理を前もって知っておくことによって危険や未知に備えていると考えられる。
・また、想像力ゆえに、実際に体験していないことを疑似体験でき、快のスイッチを意識的に能動的に入れることができることもヒトの特徴。
・現代のコンテンツエンタメや遊園地のアトラクション、食レポを楽しんで見るという行為がこの想像力を活かした快スイッチの空作動といえる。
・快のスイッチというのは、つまるところ、脳内でドーパミンが出ているということになるようだ。幸福のセロトニンというより、気持ちいいドーパミン
・原始の記憶で連綿と受け継がれてきた感覚をROMとすると、理性やロジックでそれを押さえ込んでいる部分がRAM。RAMは書き換え可能。 

人の欲求の中での物語の位置づけ。

物語が人をどういう理由で惹き付けて、それらがどういった共通構造を持っているかということを調べるにあたって、大塚英志さんという方が大御所っぽい。
物語消費論改 (アスキー新書)

物語消費論改 (アスキー新書)

・物語(いわゆるコンテンツ)を消費するのは、世界を理解したいという欲求から来ている。
・世界というのは自分たちの生きているこの世界、ひいてはともに社会を構成する人間の行動のパターンを知っておきたいという動機。
・物語の構成としても、表現されている世界を面と捉え、その面の上に引かれる線がひとつの物語として捉えられる。世界がしっかり成立していれば、その面上にはいくらでも線が引けて、物語が無数に生まれる。
・なので世界を構成する一部の情報(線の一部としての点)を集める行為そのものが物語を消費しているとも言える。
・二次創作という行動は、その世界を理解するための手段であり、創作を通じてその世界と同一化したい、面上の空白を埋めたいという欲求の現れ。
・物語との距離を縮めようとする欲求が、自らの物語創造へと駆り立てているとも考えられる。
・創作による同一化の欲求が転じて、作者になりたいという欲、さらには発信したい欲と結びつくのが現代の創作を下支えしている。
・創造性を自家栽培できない人をサポートするためのシステムの最たるものとしてRPGゲームがある。元々用意されている物語をちょっとした想像力とコントローラーの操作で立ち上げていくという行為。
・以前は物語が最終的に回収される大きな世界は、現実の歴史や政治であったが、それがファンタジー上でのみ成立する歴史(サーガ)や脱政治に移行していったのが近年。
・さらに現実の歴史や政治やらから徹底的に抵抗することで、対照的に照らし返すという手法も用いられてきた。それを寓話と呼んでいる模様。
・人は物語を通じ、世界に帰属することを望んでいると考えられる。所属の欲求。所属先の把握の欲求
・いままで人は物語を通じて帰属先の世界のルールを把握してきたが、現代においてはその帰属先がなくなってしまったため、いくら物語を消費しても決して現実には満たされないという現象が起きている。
・そしてそれが昨今の物語ソフトの氾濫を呼び起こした。
・ファンコミュニティで、物語の批評を行ったり二次創作をすることで世界に対する理解を深め、世界との距離を縮めていく。自らの創造力が足りない人をサポートする手立てがあれば、参加のハードルを下げつつ、世界に参加しやすくする。
・ディズニーランドは、アトラクションを通じて世界の体験を目論んでいるという点で物語消費的。
 
・また物語それ自体の構成を考えると、ベースは類似した流れに沿っている。
・基本的に、自分が弱い状態、世界が悪い状態で、どこかに行って、強くなって良くなって帰ってくる、というもの。
・何パターンか分け方あったけど、以下の31ステップにわけられるのが一番細かいやつだった。
  1. 不在(両親が死ぬ、宿敵の家族が死ぬ、主人公が犠牲者になるなどで何らかの不在や欠如が起こる。マイナスの出発。)
  2. 禁止(なにか制約がある。島を出てはイケないなど。)
  3. 違反(2.の禁止事項が破られる。その結果、災いが起き、宿敵が現れる。対立構造の成立。)
  4. 情報の要求(宿敵が諜報活動をして、宝や王女などの入手の秘密を聞き出そうとする。)
  5. 情報入手(宿敵が力づくや何かの方法によって、宝に関する情報を手に入れてしまう。不利な状況に。)
  6. 策略(その上で、宿敵がある策略を企てる。世界征服や、主人公の殺害など。)
  1. 幇助(主人公はまだ無垢であるため、宿敵の策略を助けてしまい、更に不利な状況に追い込まれる。)
  2. 加害、欠如(そして、主人公が決定的ななにかを失う。ここから物語が動き出す。マイナスの設定。1~7は省略されることもある。)
  3. 派遣(主人公が依頼者から欠如した何かを取り戻すように依頼される。ここで任務が設定される。)
  4. 任務の受諾(主人公が依頼者からのミッションを渋々ながら、悩みながらして、受諾する。冒険に出る決意をする。)
  5. 出発(行って帰ってくる、の、行くが発動。)
  6. 先立つ働きかけ(贈与者が現れ、主人公に特殊能力を付与するための試練を与える。主人公が試される。助手を手に入れる準備だったりも。)
  7. 反応(12の試練をクリアしたり考えを改めて成長したりする。12,13が繰り返されるのがゲームのレベル上げだったり、物語のメインだったりする。)
  8. 獲得(贈与者から特殊な能力を授かる。呪具。渡されるとは限らず、奪うというパターンもある。特殊スキル保有者がお供してくれるパターンも。)
  9. 空間移動(空間的に移動して、ボスのところまで行き着く。出発点から一番遠いところ。)
  10. 対決、闘争(ボスとバトルする。)
  11. 標付け(バトルの結果、主人公に何かしらの印が付けられる。戦ったという印。一度ボスに敗れることもある。)
  12. 勝利(ボス戦になんだかんだ勝利する。)
  13. 加害あるいは欠如の回復(最初にあった主人公のマイナスが回復する。もしくは回復せずとも自分の成長によって欠如が気にならなくなる。)
  14. 帰路(最初の地点に戻る。大抵の物語はここで終わって良い。行って帰るのプラマイゼロ、欠如と回復のプラマイゼロで、2大回復完了。)
  15. 追跡(主人公の帰路において、新しい敵や敵の仲間が追ってくる。)
  16. 脱出(追跡者から逃れるプロセスがある。贈与されたアイテムを再度使用する場合もある。)
  17. 気付かされる帰還(追われる身でからがら逃げてくるのでこっそり帰ってくる。悪評が立っていたりする?)
  18. 偽りの主張(ニセの主人公が登場する。主人公の成果を横取りする。主人公の親しい人物だったりする。)
  19. 難題(主人公はニセモノの嘘を暴こうとするが、そのために乗り越えるべき課題が課せられる。)
  20. 解決(そしてその難題を乗り越える。)
  21. 認知(ここで17の標付けが生きてきて、お前は本物だという認知がなされる。)
  22. 露見(ニセモノがニセモノとして露見する。)
  23. 変身(主人公が身を隠さずにすむようになり、本当の姿に返信する。ドラゴンとかになったり。)
  24. 処罰(ニセモノに制裁がくだされる。)
  25. 結婚ないしは即位(ハッピーエンド)

その上で物語(コンテンツ)とはどういうものだろうか。

現代においては、所属するべき「世界(物語が回収される大きな物語)」というものがなくなった。世界に回収される学びなき、単なる快感装置としての物語は、ポルノであると言えるのかもしれない。
原始的な快感センサーを刺激するだけの物語は、ポルノであり、ポルノであるがゆえにいくら消費しても飢餓感が増す。それが昨今のコンテンツの氾濫を助長している。あらゆる場面で感動と共感による物語を見出し、利用する。
だが本来的には、物語は何かしら世界(はたまた人生)に対しての学びが無くてはならないと思う。一方で、どれだけつまらない物語でも、誰かにとっては学びがあるのかもしれないとも思う。例えそれが女子高生の恋愛クソ映画であっても。
学びのない物語が無価値という価値観は、人生とは何かに燃やすべきものですべては真剣に何かを達成しようとするために費やされるべきだという視点に立っていて、人生暇つぶし論者(まあ人生は死ぬまでの暇つぶしではあるのだけれど、何らかの達成すらも目論まない、徹底した消費者)にとってはポルノだろうがなんだろうが、どうでもいい議論ではあるのかもしれない。
 
人は何かしらの欠如感を持って生きている。同時に自分は特別だという感情、それを信じたいという感情を持っている。いつかサクセスするんじゃないかと。こんなもんじゃないという自分に対する期待がある。それはもともと物語によって醸成されたものかもしれないけれど、物語を消費することで更に強化されていく。そういった欲求を満たしてくれるストーリーを見るのが心地良い。自分を重ねる。いつか報われること、いつかこの欠如感から開放されてハッピーエンドを迎えることを期待して生きている。そしてそれが仮想の中であっても、達成されると嬉しい。疑似体験によってドーパミンが出る。気持ちいい。が、現実世界は一歩も進展していない。これが学びなきポルノの例である。少しでも現実を生きることが楽になるような視点の発見でもあれば、それは世界について学んだと捉えていいと思う。
 
小説→マンガ→アニメ→実写→VR、とイマジネーションの入り込む余地がどんどん少なくなる媒体へ移行するのは、頭を楽させて世界を識ろうとする現れであり、物語が人の一生では消費しきれないほど存在する現代においては、効率の良さを考えると仕方のない流れなのかもしれない。
VRやテーマパーク体験は現実世界もとい日常生活と物語との隔たりがしっかり認識できるが、その隔たりが破壊されていくARなどの技術やデバイスによって物語消費はどう変わっていくのだろうか。どこからが物語でどこまでが現実かわかりにくくなっていくとしたら。それによって現実世界の仮想化が起こりうるとしたら。日常生活の非日常化を招き、現実世界をファンタジー的に大胆に生きれるようになったりするのだろうか。日常が物語とマージされた時に、人はなにを学び、どう活かすのだろうか。